ナポレオンヒルと言えばあまりにも有名な書籍「思考は現実化する」である。この
書籍は初代ビジネス書と言ってもいいほどの、今では古典ともいれる書籍である。
ナポレオンヒルのこの書籍は日本において城山三郎氏によって世に紹介されている
ナポレオンヒルの思考は現実化するは、城山氏が翻訳した『ビジネスマンの父より息子
への30通の手紙』の中で紹介されることにより、日本で評判になった。
あまり知られていないかもしれないが実は『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』
の著者はキングスレイウォードというカナダ人であり、彼は続編ともいえる、
『ビジネスマンの父より娘への25通の手紙』でもナポレオンヒルの「思考は現実化する」
について記している。
城山氏にしろキングスレイウォードにしろナポレオンヒルに関してはそれなりの解釈を
しているわけだが、われわれ一般人にとってナポレオンヒルから学んだことと言えば
当たり前かもしれないが当時よくいわれたことは。『目標を明確にしろ』『明確にした
目標を髪に記せ』ということである。
当時のビジネスマンや起業家には神の言葉のように聞こえていた言葉である。さらに
ナポレオンヒルはこうも言っていた『計画を立てよ』しかもより具体的な計画をと次に
その具体的な計画を実行していく『期限』を記せ。そして GO!『実行』せよ!これを
なんどもなんどもナポレオンヒルの書籍の中で繰り返している。
いまでも、当時のことを思い出す。セミナーや会社の社長・上司がまさにこれらの言葉を
朝礼や会議・セミナーで繰り返し繰り返し連発していたのである。しかし、いまその熱が
さめ冷静にこのナポレオンヒルの言葉を繰り返してみると、ゴクゴク当たり前のことで
あり、さらにはとても重要な言葉であると今更ながら感じさせられる。
多かれ少なかれその内容が大なり小なり、だれでも物事を達成した経験はあると思う。その
時の過程を思い出してもらうとナポレオンヒルが連呼したこれらの金言が理解できる
と思う。必ずあなたは、その言葉のいづれかを確実に実行しているはずである。
ヒルクライマー 人の名前?
ナポレオンヒルは、当初、ジャーナリストとしてそのキャリアをスタートさせた、というのは、以前に書いたとおりです。ナポレオンヒルは、成功者にその成功の秘訣を語らせた、というよりは、成功者に、自身の人生を語らせることによって、自ずと、成功者の成功の秘訣を、成功者の口から、導き出すことに成功したのかもしれません。彼、ナポレオンヒル自身に、ジャーナリストとしての才能があったのでしょう。それも、豊かにあった、ということでしょうね。でなければ、インタビューイーから、本音を導き出すことは出来ませんし、有為な情報を集めることも困難でしょう。まずは、聞き役として、とても有能であった、ということでしょうね。ナポレオンヒルが・・・。そして、彼、ナポレオンヒルは、複数の情報を分析して、総合的に判断して、一定の法則を導き出すという、数学的な才能にも長けていたものと思われます。そういった才能を駆使して、彼、ナポレオンヒルは、彼流の、成功哲学、とでも言えるものを、理論化していった、という流れになるようです。成功者の話を沢山集め、そこから、一定の、成功するための法則を導き出し、成功哲学として体系化する・・・。書いてみれば、なるほど・・・と思いますが、彼、ナポレオンヒルは、ジャーナリストとして仕事を始めたばかりの頃から、こういうことをやろうと考えていたのではないだろう、と、私は、そんなふうに思うのです。ジャーナリストとしてインタビューを続けて行くうちに、彼をして、自身を、成功のための法則というものと出会う、そんなところへ運ばせしめた・・・と、いったところでしょうか。
ヒルクライマー 人の名前?
“仮に、ナポレオンヒルが、自身、後に、そうなったような立場に立つことを、心底厭っていたとしたら、彼の人生のどこかの段階で、彼、ナポレオンヒルが実際に辿った途から、外れていたことでしょう。そうならなかった、外れなかった、ということが、彼、ナポレオンヒルが、・・・そうなる・・・とを望んで、肯定的なセルフイメージとして持ち続けていた、ということの証左となるのです。ぼんやりとしたイメージを、明確なセルフイメージとする、という作業を、早い段階で行う、ということは、いろんな成功哲学の中で、言われていることです。自身全く描きようのないものは、そもそも、イメージとして成立しませんから・・・。しかし、そういうことを力業でやらせよう、とするような・・・セミナー・・・実際にあります。そういう・・・セミナー・・・の力業によって、・・・勘違い・・・はしないことです。ナポレオンヒルを含めて、およそ、成功哲学というものにおいては、・・・自身、持ち合わせているものを具現化するためのツール・・・であって、・・・全くないものをあるかのごとく見せかける・・・、ものではないことをもう一度確認して、私は、彼、ナポレオンヒルの著作を紐解いてみることに致します。” それにしても、ナポレオンヒルの成功哲学を紐解くにしても、やはり、それ相当の経費は掛りますね。その資金を・・・いま、私は、fxスプレッドの低いfx取り扱い業者を使ってfxをやっているのですが・・・fxで得た利益を宛てていこうかな、というふうに考えています。更に、ナポレオンヒルの成功哲学を身につけるために、ある程度の投資はしないと・・・というところなんですね。
ヒルクライマー 決めること・決まっていること
ナポレオンヒルは、自ら、成功体験を体系化して著作し、自身も、成功者としての途を歩んで参りました。合衆国大統領の顧問官や補佐官なども務め、おそらく、モチベーターやカウンセラーのような役割も務めたのではないかと思われます。ナポレオンヒルが、そういった、自身の、成功した姿を、早い段階で、セルフイメージとして持っていたか、というところに話を戻しますが、“後で考えてみたら、自分は、そういうふうになりたい、と考えていたようだ”というところが、所謂予定調和で、そして、セルフイメージを持っていた、ということになるのかな、というところですね。仮に、ナポレオンヒルが、自身、後に、そうなったような立場に立つことを、心底厭っていたとしたら、彼の人生のどこかの段階で、彼、ナポレオンヒルが実際に辿った途から、外れていたことでしょう。そうならなかった、外れなかった、ということが、彼、ナポレオンヒルが、“そうなる”ことを望んで、肯定的なセルフイメージとして持ち続けていた、ということの証左となるのです。
ぼんやりとしたイメージを、明確なセルフイメージとする、という作業を、早い段階で行う、ということは、いろんな成功哲学の中で、言われていることです。自身全く描きようのないものは、そもそも、イメージとして成立しませんから・・・。しかし、そういうことを力業でやらせよう、とするような“セミナー”も実際にあります。そういう“セミナー”の力業によって、“勘違い”はしないことです。
ナポレオンヒルを含めて、およそ、成功哲学というものにおいては、“自身、持ち合わせているものを具現化するためのツール”であって、“全くないものをあるかのごとく見せかける”、ものではないことをもう一度確認して、私は、彼、ナポレオンヒルの著作を紐解いてみることに致します。
ヒルクライマー 決めること・決まっていること
ナポレオンヒルの、作家としての資質(表現が適当であるかどうか、定かではありませんが)を見抜いたアンドリュー・カーネギーは、ナポレオンヒルに、成功者たちへの調査と体系化を託します。託された仕事を、ナポレオンヒルは、忠実に成し遂げ、著作します。ここらあたりで、ナポレオンヒル自身、自身の作家としての資質について確信したことでしょう。成功哲学を体系化する、という作業は、ノンフィクションの執筆、といったところに属するかと思われますが、ジャーナリストとしての資質だけでは、ノンフィクションの執筆も、手に余る、と、私は考えます。インタビューの段階から、ナポレオンヒルには、作家としての資質を、想像力や創造性を如何なく発揮して、成功者たちが抱いたセルフイメージというものを、自身の中で再現し、再構築し、著書に描いていったところでしょう。彼、ナポレオンヒルは、個々の成功者の体験を抽出する作業について、まず、大変な労力を費やし、成功させたことに疑いはありません。
そして、体系化です。この作業は、論理の構築という、理詰めの作業ということになるでしょう。この作業においては、ナポレオンヒルは、自身の、ジャーナリストとしての資質を、余すところなく活かしたことでしょう。幾多の成功者の成功体験を抽出し、体系化して、普遍性を持たせる・・・これだけの作業が極めて高いレベルで為されていることが、ナポレオンヒルの著作そのものが普遍性を獲得した理由となるのでしょう。
ヒルクライマー 決めること・決まっていること
ナポレオンヒルに、ジャーナリストとしての天分よりも、作家としての天分の方がより豊富にあったのでは、というのは、私の推察です。自身を、インタビューを受ける側に擬してみましょう。有能なジャーナリストにインタビューを受けるのです。あなたが、です。ナポレオンヒルのような有能なインタビュアーにインタビューを受けるあなたは、自身の人生の局面局面で、自身がどのような気持ちで、感情の基で、いろんな決断をし、行動をし、その結果が、どのようであったか、ということを、ゆっくりと、あるいは早口で、話します。ナポレオンヒルは、あなたの話のひとつひとつに、頷き、相槌を打ち、受容し、共感しつつ、インタビューは進行します。あなたは、ナポレオンヒルのインタビューにとても満足しますが・・・もし、ナポレオンヒルによるインタビューが、ジャーナリストとして、という部分で徹底していたとしたら、成功者のあなたは、その限りでの満足でしかなかったでしょう。つまり、“自身の深いところに届くインタビューで、このインタビュイーになら、自身の深いところを打ち明けられる”、というふうに考えることができたか、というところです。
ナポレオンヒルのインタビューを受けたアンドリュー・カーネギーは、ナポレオンヒルに対して、ジャーナリストとしての魅力のみを感じたのではないのでは、というのが、ここでの、私の推察なのです。
“彼(ナポレオンヒル)に対してであれば、自身の生涯も、自身の成功についてであれば、その秘訣や経験則、といったものについても、余すところなく開示し、託することが出来る” と、アンドリュー・カーネギーが感じたのでは、というところです。
ヒルクライマー 決めること・決まっていること
“ナポレオンヒルも、将来、成功哲学を体系化して、膨大な数の著書を売り上げる、というところをイメージしていたのでしょう。その過程に、成功者を調査するところがあって~ジャーナリストとして、カーネギーと出会って~自身、ジャーナリストなることを志した・・・” この辺りは、後で考えれば、いかにも予定調和である、ということになってしまいますが、実は、この、“予定調和”の部分に非常に意味があります。ナポレオンヒルその人の生涯を例にして、成功哲学、というものについて窺い知ろう、という試みなのですが・・・。彼、ナポレオンヒルの当初の志が、ジャーナリストとして成功する、というものだったとしましょう。彼、ナポレオンヒルにとっての、“成功”というものが、どの程度のものだったのか、それが大切なのですが・・・少なくとも、彼、ナポレオンヒルが到達した“成功”の程度を超えたものではなかったというふうに思われます。(この点については後で触れます。この点が、ナポレオンヒルに限らず、成功哲学という分野において、最も大切で、研究されるに値するところであるように思われますので。)
で、彼、ナポレオンヒルは、新聞記者となります。新聞記者として、アンドリュー・カーネギーにインタビューすることになるわけですが・・・ナポレオンヒルが、新聞記者としてとても優秀で、野心に溢れていたとしても、それだけでは、カーネギーの心を捉えることはなかったでしょう。ナポレオンヒルのインタビューの態度に、なにか、感じるものがあったから、カーネギーは、自身を含む成功者の調査と体系化を依頼したのではないでしょうか。
ヒルクライマー 聞き書き
“彼、ナポレオンヒルにとっては、カーネギーに認められて、成功者のインタビューを続けた、ということは、必然的な流れだったのかもしれません。だからといって、彼、ナポレオンヒルが、自身の将来について、成功者の調査をしているところをセルフイメージしていたものだろうか、と想像してみると・・・。” 彼、ナポレオンヒルその人も、まぎれもなく、“成功者”の一員なのです。と、なれば、ナポレオンヒル自身も、自身の成功した姿を、セルフイメージとして、早い段階から持っていたのだろう、ということが推察されます。しかし、新聞記者として仕事をしていて、カーネギーのインタビューをしたところから、カーネギーに依頼されて、成功者へインタビューをして調査する、という仕事を引き受ける、という自身の姿について、予想はしていなかったでしょう。ナポレオンヒルにとって、ナポレオンヒルという人物が、成功者の調査をして体系化する、という仕事をしている姿というのは、中途の通過点に過ぎなかったのでしょうね。通過点についてもリアルにイメージしていなければ成功は覚束ない、ということではないでしょう。セルフイメージというのは、自身の到達点について、ということになるのだろうな、と、私は勝手に想像しているのですが・・・と、なると、ナポレオンヒルも、将来、成功哲学を体系化して、膨大な数の著書を売り上げる、というところをイメージしていたのでしょう。その過程に、成功者を調査するところがあって~ジャーナリストとして、カーネギーと出会って~自身、ジャーナリストなることを志した・・・・・・というところがあった、ということですね。
ヒルクライマー 聞き書き
ナポレオンヒルは、書き手としては、ジャーナリストとしてよりも、創作者としての方が、その本分を活かすことが出来たのかもしれません。いろんな意見があるところですけれど、ジャーナリストとしては、自身の立場というものを明確にした上で、事実を提示してそれに対する意見を述べる、ということはあるでしょう。ナポレオンヒルも、新聞記者として、取材に臨み報道を行う場合に、常に自身をリセットすることを心がけていたことと存じます。しかし、ナポレオンヒルが、成功者にインタビューするとき・・・彼、ナポレオンヒルが、この困難な仕事を引き受けたときに、彼には、眼前の成功者が、彼のキャリアの黎明期において、自身の成功した姿をセルフイメージしているその姿を、成功者の黎明期の姿を、ナポレオンヒルは、リアルに描くことを求められた、ということですね。
そういう能力、というのは、想像力、とか、想像性、とかいう言葉で表現される能力で、そういった、想像力とか想像性とかの能力は、ジャーナリストにとって必ずしも必要とはされないものだと私は考えます。ナポレオンヒルに、そういう、想像力とか想像性があったとして、彼の、ジャーナリストとしての活動に、支障が出ることはないでしょうけれど、(ここのところも・・・余談になりますが、私の極めて個人的な意見としては、ジャーナリストにとって、過度の想像力や想像性を持ち合わせている、ということは、アドバンテージにはなり得ず、却って、彼のジャーナリストとしての活動にとって邪魔になる場合の方が多いのでは、というふうに思っています。)、彼、ナポレオンヒルにとっては、カーネギーに認められて、成功者のインタビューを続けた、ということは、必然的な流れだったのかもしれません。だからといって、彼、ナポレオンヒルが、自身の将来について、成功者の調査をしているところをセルフイメージしていたものだろうか、と想像してみると・・・。
ヒルクライマー 聞き書き
ナポレオンヒルが、多数の成功者へインタビューをし、調査をし、成功者が成功する一定の法則を導き出したときに・・・彼、ナポレオンヒルは、どのように考えたでしょうか? これは私による推測でしかありませんが・・・。成功者は、最初から、具体的なセルフイメージを持っていた、ということなのでしょうか? 例えば、ナポレオンヒルが最初にインタビューをした(と思われる)、アンドリュー・カーネギーは、彼のキャリアの最初の時点から、“鉄鋼王”と呼ばれるような、経済界での大成功を収めるのだ、というセルフイメージを持っていたのでしょうか? そして、そのセルフイメージを、事細かに映像化して、自分の脳裏にリアルに描くことが出来たのでしょうか? ナポレオンヒルは、以上のようなことを、カーネギーへのインタビューで、確認することが出来たのでしょうか?
後になってみれば・・・成功してしまえば、その時点から、過去のストーリーは再構築することが出来ます。功なり名を遂げた人物が話す、自身の過去は、その時点が一応の結末であるとするならば、必ず、サクセスストリーとなる、ということですね。結末が決まっている物語は、構成そのものが、予定調和となります。そうならないでは、結末へ辿りつくことを、偶然に期待することになりますから。成功者にインタビューし、彼の道程を物語とする、というような場合でなくても、フィクションを構成するにしても、結末を決めておいて、そこから逆算していく、というのが、プロのライターの仕事です。結末を決めないまま書き始める、ということになりますと、これは、技量が要ります。フィクションの場合なら、なおさらそうだ、という言い方の方が相応しいかもしれませんね。
ヒルクライマー 人の名前?